尾川裕子の文学講座・特別編 「光明皇后」ご案内

リーガロイヤルホテル大阪でする講座のご案内です。
いつもの文豪シリーズではなく、今回は平城遷都1300年記念光明皇后1250年大遠忌記念の特別講座になります。

タイトル「光明皇后──御歌と生涯」 
 日時  3月30日午後1時半~3時半(受付1時~)
 会場  リーガロイヤルホテル大阪
 受講料 3,800円(お茶と鶴屋八幡の和菓子付き、税込み)
 後援  法華寺門跡

お申込み、お問い合わせはリーガロイヤル大阪・文化教室・エコールドロイヤル
 (℡ 06-6441-2938予約専用)
ネットの⇒ ここ でも直接お申し込みできます。

奈良時代は女性が非常に輝いていた時代でした。
なかでも臣下から皇后の座についた光明皇后は、信仰心に篤く、貧窮民を救済するなど積極的に社会事業に取り組み、政治にも影響を与えました。
万葉集に残された光明皇后の歌を紐解きながら、その生涯を考えます。

私は10年以上前から東大寺の大仏を造るきっかけとなった河内の智識寺の大仏について色々なところで書いたりお話をしてきました。
知識とは現在は「知っていること」という意味で一般に使われておりますが、仏教では智識とは「縁を結び財力や労力を仏事のために協力して提供しあい、その功徳にあずかろうとする行為や意思」も意味するといいます。
古代、寺院は莫大な費用がかかるため、貴族や豪族のような限られた者や国費によってしか建てられないのが常識でした。
また仏教自体が貧しい民衆とは離れた教養ある人々のものでもありました。
そうした時代に、河内には民衆の智識によって造られた大きな寺院があったのです。
それが河内智識寺でした(大阪府柏原市太平寺あたりにかつてあった寺、現在は礎石のみ残る)。
富める者は財を、貧しい者は労力を、ある者は知恵を、技術を、能力を出して、仏との結縁のために持てる力を出し合って民衆が造ったお寺、まさに仏教の草の根運動のような力で建てられたお寺でした。
七堂伽藍の立派な寺院に、誰が見ても圧倒される巨大な盧舎那仏まで造り安置していたといいます。

それをご覧になって感動されたのが聖武天皇と光明皇后でした。自分も民衆と信仰で結縁したい、国家規模の智識の力でもっと大きな盧舎那仏を造りたいと思い立ち、できたのが奈良の大仏でした。

またこの智識寺は法華寺ともつながりがあったようで、法華寺の金堂を造るのに銅を贈ったという記録があります。
智識寺のすぐ近くには光明皇后の父・藤原不比等を養育されたといわれる田辺氏族の本貫地もありました。母の県犬飼氏族の本貫地も河内にはありました。光明皇后の「安宿媛」というお名前は河内安宿にちなんだお名前なのでしょう。大阪とはゆかりの深い方のように思います。

そういうことも含め、万葉集に残された歌を紐解き、1人の女性としての光明皇后をも思いながら、あまりむずかしくはなく、楽しんでいただけるような講座にしたいと思います。
今回は、光明皇后ゆかりの門跡尼寺である法華寺のご後援もいただきました。

お申し込みの上おいでいただけましたら幸いです。



 



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ジャンル : 小説・文学

プロフィール

尾川裕子

Author:尾川裕子
大阪女性文芸協会代表
日本文藝家協会会員

「晴れたらいいね」というタイトルは、「毎日が明るい日であればいいね」と思う気持ちと主催している文学賞の応募者に「あなたの作品が受賞できたらいいね」という思いを重ねたものです。

応募希望者は「応募希望者へ」と「大阪女性文芸賞」のカテゴリをごらんください。

おしゃべりと食べることお酒を飲むことが大好きです。
文学だけでなく歴史オタクでもあります。
どうぞよろしく。

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