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(11)八束毛になるまで遊べ

時空を超えて(11)

「手足の毛が、八束毛(やつかげ)になるまで遊べ」と勅命のあった人々がいる。
今日はその話を書こう。

ちなみに一束とは一握り、握りこぶし一つ、八束とはそれが八つ分、というか古代では八が大きな数字の代表なので、手足の毛がオランウータン以上に伸びるまで=生きている限り永遠に、遊べと天皇の命令があったということである。
課役を免じられ、一生を保証され、そのかわり生涯遊ばなければならなかった。
彼らはそれゆえ「遊部」と言われた。
現在の「遊び」ならば、一生仕事もしないで遊んで暮らせる結構な身分、ということになるが、古代の「遊び」は何度も書くが意味が違う。
神事にかかわる仕事で、この「遊部」の場合は死者の鎮魂のための「遊び」である。

伝承によれば、その民は、垂仁天皇の隠し子の「圓目王(つぶらめおう)」の子孫という。

この圓目王は記紀にはまったくでてこない。
「令集解」という平安時代に書かれた養老律令を注釈した書物に登場するので、現代でも知るのである。だから現実にいた人物か、遊部の民が持っていた伝説上の人物かは不明である。
(現在使用しているの本来の漢字)という名前の字とともに、私には非常に興味深い人物である。
(前回の、垂仁天皇へ嫁いだものの醜いゆえに戻され、それをハジて自殺した竹野媛の話だが、古事記では名前が違っていて「野比賣」なのである。実はこの圓という漢字、国構えの中の「員」の下の部分は本来は王が祭祀に使う器のという字でできていたそうで、どうもそのあたり圓目王も圓野比賣もそのストーリーに意図してこの字をあてて名付けられたような気がします)

ところで、令集解では「遊部」とは何か、を、その起こりから注釈しているので、判るようにだいたいを書いてみようと思う。
『遊部は、あの世とこの世の境にいて魂を鎮める氏で、身の終わる事なし。故に遊部という。大和の高市郡にいて生目天皇(垂仁天皇)の隠し子・圓目王の末裔である。遊部は野中古市の人の歌垣の類もこれと同じ(この事はこのシリーズ(9)土師氏と童謡でも書いた)
遊部を負うようになったゆえんは、それまでは代々の天皇が崩御された時には伊賀の比自岐和気氏族が殯宮(もがりのみや)における葬送儀礼に、刀と矛を持つ禰義(ねぎ)と刀と酒食を持つ余比(よひ、よし)による二人一組で従事してきたが、のちに長谷天皇(雄略天皇)が崩御された時に、比自岐和気氏族は絶え、殯宮で七日七夜御食を奉られず、天皇の霊が荒びてしまった。探してみたら、比自岐和気氏の娘で圓目王と結婚していた者がただ一人残っているだけだった。しかも彼女に問うと「女ではその務めが充分にはできない」ということで、代わりに夫の圓目王が供奉し、おかげで天皇の霊が和み、安らかになった。
それで時の天皇(清寧天皇)が、今日より以後手足の毛が八束毛になるまで遊べ、と詔し、彼の子孫が遊部となった』
というような話が書かれている。
(註 私が大雑把に要約したもので少し乱暴なところがあるかもしれません)

ところで、この文章を読むと、そもそも殯宮には代々伊賀の比自岐和気(ヒジキワケ)氏族が従事していたことが判るのだが、
おやおや、
またもや私にとっては気になる「ヒジ」キワケ、である。
ヒジキワケとはヒジの別(ワカレ)orヒジのワンニム(王)。
前回書いた泥部(ハツカシベ)の説明でも書いたように泥はハジともヒジとも読む。
つまり、泥粘土で作った埴輪を古墳に並べ、古墳自体を建築するのが土師(ハジ)氏で、葬送儀礼には比自岐和気氏族が従事していたことになる。
どちらも垂仁天皇にその伝承のスタートがある。
というか、古代の葬式に関わる話が、すべて永遠の命を求めながらも叶わず崩御した垂仁天皇から始まるように作られているのであろう。

ところで、ハジもまた「垣」と同じで境界である。
端、橋、箸、嘴、梯、すべて境界だ。
端と嘴は境目、橋と箸と梯は境にあってモノを渡す物である。

たとえば卑弥呼の墓かといわれている箸墓について「昼は人が造り夜は神が造った」という伝承があるのも、異界との境界を意味する名前の「箸墓」だからそんな伝承が生まれたのだろう。また葬られたのが大物主神と結婚した倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと)だから、そんな名前と伝承になったのであろう。
「箸墓は土師氏の墓だ」と推理した学者(土橋寛)がいた。
それに関しては、私は疑問に思うが、ハジ、ヒジともに、そうした境界を意味する言葉で、あの世とこの世の間に供奉する仕事についた人々に付けられた名前なのではなかろうか。

このシリーズはコピペ禁止
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テーマ : 雑記
ジャンル : 小説・文学

プロフィール

尾川裕子

Author:尾川裕子
大阪女性文芸協会代表
日本文藝家協会会員

「晴れたらいいね」というタイトルは、「毎日が明るい日であればいいね」と思う気持ちと主催している文学賞の応募者に「あなたの作品が受賞できたらいいね」という思いを重ねたものです。

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おしゃべりと食べることお酒を飲むことが大好きです。
文学だけでなく歴史オタクでもあります。
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