(5)神のもとへ行き帰る女

時空を超えて(5)
    ──前回の「川と女と文学と」の続き

遊女の原型は神祭りで神の妻として捧げられ、
神と一つになる=神が憑依する、
巫女的女ではなかろうか、と推理する説がある。

古代において神意がわかる女は
卑弥呼のように王ともなったのだが、
八百万の神々に
祭祀で奉げられた多くの女たちのその後は不明である。
その末裔が遊女に変わった可能性は否めない。
その例として、大阪の住吉大社の田植えの祭には
古代から今なお堺の乳守の遊女が欠かせない。
(乳守はそもそもは「津守」で、津守は住吉大社の神官の氏である)

ところで、遊女、遊女に限りなく近い傀儡女の里は
ほとんど交通の要衝の地である。
国と国との「境」である。
人と人が行き来する「境」である。
このシリーズで、歌垣の話を書いた際に
そうした所もまた特別な神のようなものが宿ると思っていたらしいと書いた

古代において、旅をした後、里に入るとき、
旅の間に依り憑いたかもしれない邪悪なものを里に入れないために
着衣を竿に掲げ、振って祓った、という話があったはずである。
その祓いは、里へ入る手前、つまり境界の土地でする。

遊女がなぜ交通の要衝の地にいるのか、
人が行き来し賑わい「商売になる」と考える以前に
交差するその場所で、依り憑いていた旅の祓いをし、
そこに宿る土地の神と和合するために、
遊女はいたのかもしれないと、私はそんなふうに思うがどうであろう。

遊女は万葉集の時代から「遊行女婦」として登場する。
「遊行」を「歩く」とみなし「歩き巫女」と解釈する研究者も多く
私もそれを否定はしないけれど、
「行く」は「歩く」とばかりも言えないのではなかろうか。
葛城の笛吹の集落が(このシリーズ3で書いた)
──吹く笛の杜の神は音に聞く遊びの岡や行き帰るらん──
と歌われたように
神と「遊び」神のところへ行き帰るという意味の
「行く」とも解釈できると思うが、いかがであろうか。

遊行女婦が万葉集で宴にはべっていたからといって
後の時代の遊女が宴席にはべっているというものとは内容が違うように私は思う。
古代の宴は神祭りでもあったはずである。
政治の政ばかりではなく、古代には祭祀も重要だったのだから。

このシリーズはコピペ禁止です



スポンサーサイト

テーマ : 雑記
ジャンル : 小説・文学

プロフィール

尾川裕子

Author:尾川裕子
大阪女性文芸協会代表
日本文藝家協会会員

「晴れたらいいね」というタイトルは、「毎日が明るい日であればいいね」と思う気持ちと主催している文学賞の応募者に「あなたの作品が受賞できたらいいね」という思いを重ねたものです。

応募希望者は「応募希望者へ」と「大阪女性文芸賞」のカテゴリをごらんください。

おしゃべりと食べることお酒を飲むことが大好きです。
文学だけでなく歴史オタクでもあります。
どうぞよろしく。

月別アーカイブ
最新記事
カテゴリ
FC2カウンター
検索フォーム
リンク
QRコード
QRコード