芦屋で「細雪」上映会

谷崎潤一郎記念館では6月26日まで「四姉妹の昭和──よみがえる「細雪」の世界」という特別展をしています。
http://www.tanizakikan.com/history.html
今日はその特別企画のなかで昭和34年に作られた映画「細雪」の上映会が芦屋のルナホールであり、行ってきました。
http://www.tanizakikan.com/exhibition.php
谷崎潤一郎が生きていた時に谷崎のお墨付きを得た、一番原作に近い映画だということと、撮影された当時の芦屋や大阪の映像、私が物心つくころには大女優になっていた女優さんの若かりし頃の姿、当時の華やかな衣装が見られるというのでとても楽しみにしておりました。
まず四姉妹がそれぞれに個性的に演じられていて、
轟由紀子さん存在感ある! 京マチ子さんきれい~! 山本富士子さん美人! 叶順子さん魅力的!
実際に美人姉妹がこうみごとに揃うと迫力があって、映像作品ならではの面白さが感じられて、よいものでした。
衣装など、洋服はエリの形やウエストのしまったデザインなどとてもカッコよく、また和服の柄も今にして斬新に思えたり、そういうところは古い映画ならではの楽しみ方ができました。

ところで私、映画が始まると同時になぜか涙が止まりませんで、最後までたらたら涙流してました。
感動の涙か? というとその種の涙とは違って、どうも老眼とド近視のせいで、暗くなって大画面を見たときに焦点がそのような大画面の映像に合ったメガネをつけていないせいで、目の筋力が必死で映像に焦点を合わそうとして耐え切れず、涙が流れたようでした。
最初京マチ子が出てきても、顔がぼんやり見えず、そのうちに慣れてきてやっと「若い! すげえ、きれいだ!!!」と思ったんです。その間涙だらだら。
あらかた化粧も落ちましたがな。あはは。

原作の「細雪」は最後はなぜか下痢の話で終わります(まあ映画はそんな最後ではありませんが)。
で、上映会に同行した友人と帰る道々、なぜ華やかな姉妹の話の着地、しかも読者が一番どうなるのだろうと気にしながら読んでいた美女のラスト、縁談がようやく決まって旅立つという通常ならば明るいラストが、彼女の下痢がおさまらない、になったのか、ということで話が盛り上がりました。
読んだ方はほとんど不思議に思うと思います。
私は「人が生きていくこと、肉体、現実」というものを追及してわざと美女の下痢で最後フェードアウトしたのだろうと思うのですが、どうなんでしょう。
そういえば魅力的な匂いの香水はよい匂いの物ばかりで作られるのではなくそのまま嗅いだら悪臭になるような物を一滴加えることによって、魅力的な匂いになるという話も聞いたことがあります。
小説作りも、深くは、そういうことかもしれないな、とふと思ったりしながら帰ってきました。
終わり方は一番むずかしく、決まりすぎはかえってよくないものですが、この作品の着地は日本文学史上まれなほどユニークだと思います。

私は最初に「細雪」を読んだとき、大阪と関東以北の「良い女性像」の違いに驚きました。
おとなしくて上手に話せないような女性よりも、華やかで明るいのがよい、という感覚にびっくりしました。
関東は武士の気風が根強いところで、極端に言えば、女は地味に静かに台所の隅でタクワンでも食って亭主に仕えてろというような意識(亭主には酒呑ませてちゃんと魚食べさせろっていうんだ。そういう話をする落語家の噺を浅草で聴いて怒り狂ったことがあったな、昔、私)。
だから関東以北である北海道で育った私はおしゃべりで目立ちたがり屋だったので浮いていました(大阪ではまあ許容範囲?)

こうした求められる女性像の違いの面白さ、はぐくんだ文化の違い、谷崎もきっと感じたと思います。
洗練された裕福な育ちの華やかな松子夫人に出会った時、たぶんとても新鮮で、おおいに意識改革され、創作の原動力になったのではないでしょうか。
そんなことをつらつら考えた「細雪」上映会でした。
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テーマ : 日記
ジャンル : 小説・文学

プロフィール

尾川裕子

Author:尾川裕子
大阪女性文芸協会代表
日本文藝家協会会員

「晴れたらいいね」というタイトルは、「毎日が明るい日であればいいね」と思う気持ちと主催している文学賞の応募者に「あなたの作品が受賞できたらいいね」という思いを重ねたものです。

応募希望者は「応募希望者へ」と「大阪女性文芸賞」のカテゴリをごらんください。

おしゃべりと食べることお酒を飲むことが大好きです。
文学だけでなく歴史オタクでもあります。
どうぞよろしく。

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