葦舟、飛んだ

今日は一日ぼんやりしている。
昨日津島佑子さんの新刊『葦舟、飛んだ』をちょっと最初を読むつもりが、夜中の3時まで一気に読んだためだ。
その後も、私の個人的な小学時代の記憶がリンクして脳内にあれこれ出てくるやら、最後に示された「葦舟」の意味、戦争での「不法妊娠(すごい言葉があったものだと驚く)」で中絶させられた(もしくは中絶しなければならなかった)女たちと消えた生命=流された胎児=葦舟で流されたという記紀神話のヒルコのこと、なのだと思うなど、とにかく考え込む主題だったので、すぐには寝付くことができなかったのだ。

よくこれを小説で書き残してくださったものだ、という感想を読後すぐに思った。

時間というものはどんな出来事も歴史に変えてどんどん進んでいく。一年前にあの角に建っていた建物は、今はビルになっているけれど、前は何だったか、人はすこし前の記憶も曖昧になってしまう。毎日毎日個人的に起こる出来事に必死で、いやもし余裕があっても注意して見るものは興味のある違うものだったりするから。

でも久しぶりにあった同級生や、あるいは実家へ帰ってゆっくりお酒を飲みながら昔の話を父を交えて姉弟で話したりすると、思いこんでいた記憶が間違っていたり当時の日常が驚くような出来事の隣にあったと知ったりする。

この小説は、小学時代に同級生だった友人の一人の死を契機に、自分たちの記憶の謎、すぐ横にあった謎をミステリータッチで探索していくうちに、民族や国の違いを越えた人間の悲劇、戦争の恐ろしさが浮かび上がり、それはまた過去のことばかりではなく、現在も世界のあちこちで起こっていることなのだいう作りになっている。
レイプや妊娠や中絶も大きなテーマである。
団塊の世代と一くくりにはできない、戦後すぐの、まだ引揚者がいたような時期に生まれた女性作家だからこそ書ける(書かねばならぬと思われた気がしますが)作りと現代のようにパソコンで自由に世界とつながるからこそ書けたような構成になっていて、とにかくこのようなテーマを小説にしていることに圧倒された。
というか新聞小説だったんだから、大変だったと思う。
とにかく力作。

歴史の細かい部分は訊ける時に訊かなければ知っている人が亡くなってしまい事実が分からないで消えてしまう。

私の夫の父はシベリアに抑留されて生還した人だが、戦争中は憲兵で(なりたくてなったのではまったくない)満州人の格好でスパイをさせられていたのだが、憲兵とはいえ満州人に優しかったので敗戦直後は満州人にかくまわれ、憲兵だったということを知られずにロシアへ連れて行かれて(ロシア側からは不自然なところがあるので疑われ何度か詰問されたらしいが)、シベリアで苦役させられ、非常な寒さと飢えとも闘いながら、それでも何とか生き延びて、戦後、しばらくして帰国できた。
いくつか訊いた話もあるが、細かいことは訊かず(語りたくもなかったかもしれない)にいるうちに認知症になって、亡くなってしまった。

満州も憲兵もシベリア抑留も、夫に流れる血の半分に起こった出来事なのだ。
遠い出来事ではない。
なかなか寝付かれないでいるときにリンクした記憶──私が小学校の帰りに、戦争で破壊されたまま放置されていた火力発電所の廃屋に、入ってはいけないことを承知で入って遊んだ記憶──それが火力発電所とは知らずに、長い間私の記憶の中の謎だったものが、昨年父の介護に行って話したときに父から聞いて知った──など小説の中の小学校の謎と同じような謎になる戦争と繋がる話は私たちのいくらでも隣にあったのだ。

そんなこんなで、今日は脳内がまだ作品の中にいるようでぼーっとしてる私だ。

追記
あ、そうだ。一般にいうアカシアがほんとうはニセアカシアで本物のアカシアは実はミモザだというのを津島先生に教えた(どんないきさつだったかメールで訊かれたので答えた)のは私です。だいぶ前。
そのときに先生「ミモザが!」と驚いていました。
で、この本に大連のアカシア祭の部分でニセアカシアとミモザのことが書かれていたのでなんか嬉しかった。
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テーマ : 読書感想文
ジャンル : 小説・文学

プロフィール

尾川裕子

Author:尾川裕子
大阪女性文芸協会代表
日本文藝家協会会員

「晴れたらいいね」というタイトルは、「毎日が明るい日であればいいね」と思う気持ちと主催している文学賞の応募者に「あなたの作品が受賞できたらいいね」という思いを重ねたものです。

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おしゃべりと食べることお酒を飲むことが大好きです。
文学だけでなく歴史オタクでもあります。
どうぞよろしく。

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