戸井のマグロ

今日東京築地の初せりで、北海道の戸井のクロマグロ(342キロ)に買いが集中して、結果、史上最高の3249万円の高値が付いたというニュースを読んでびっくりしました。
高い! と値段に驚きましたが、それよりなにより、戸井という地名に特別な思い出が私にあったのです。

戸井は函館の近くの漁村です。
津軽海峡を挟んで向かいがマグロ漁で有名な大間。
海峡の同じところで釣ったマグロが、水揚げされた土地で今まではお向かいの大間ブランドに負けていたのですが、このごろは戸井もブランドになったようです。
たまにお寿司屋さんで戸井ブランドのマグロを見ます。

私、その戸井へ、小学校の4年か5年の夏休みに遊びに行って、海で死にかけました。
なぜ行ったかというと、父方の祖母のイトコの娘さんが二人そこに住んでいたのです。

私の祖母は秋田の「船越」出身でしたが、函館に姉が嫁いで住んでいたので、その姉を頼って函館へ出てきて祖父と見合いで一緒になったのです。祖母には仲良しのイトコがいて、彼女も函館に来ました。
函館は幕末に開港されて洋風文化が栄えていて、その頃はハイカラな都会だった。東京は大都会過ぎて怖かったのでしょうが、函館はそこまで大都会ではないけれど、東北の若い女性にとっては憧れの都だったようでした。
祖母が「若い頃は、秋田なまりが田舎くさくてはずかしくて、なんとかなまりを直し、函館のことばにかえようと一生懸命努力した」と、信じられないことを私に語ったのを覚えています。
(函館って函館弁。ほとんどズーズー弁だし、恥ずかしいもなにも、あまり変わらない、ほんまに)笑。

それはともかく、戸井の話。
そうして函館に出てきた女三人でしたが、姉が死に、イトコも亡くなりました。
イトコには女の子が三人いたのだそうで、祖母自身は男の子二人しかできなかったので、その残されたイトコの娘たちを自分の娘のように何くれとなく世話をして、お嫁に出したということでした。
そのうちの二人が結婚して戸井で暮らしていたのです。
で、私は祖母とともに子供の頃、二、三度戸井に行ったことがあるのです。
その小学4年だったか5年だったかの夏休みは特に1週間くらいも、浜に一番近い祖母のイトコの娘さんの家に泊まって過ごしました。
その家には中学一年の男の子と私より一つ年下の女の子がいて、男の子は小舟を上手に操って、近くの岩場へ連れて行ってくれ、潜って雲丹を好きなだけ獲って割って食べさせてくれたり(あんなにたくさん食べられることはもう二度とないだろうなあ)、私にとって立派なピカピカの漁師で、その妹の女の子とは一気に仲良くなりました。
数日過ごしたある日、どうしてそうなったのか、3人で乗った小舟のオールが片方流されて、あわててもう片方で流された方を引き寄せようと、オールを伸ばしたのですが、それも流されてしまい、小舟が葉っぱのようにただ浮いた状態で、ぷかぷか、ぷかぷか、どんどん浜から離れてしまったのです。沖へと流されて行って──。

今でも覚えています。
心がしんとなって。
不安というより「しん」と身体も心も冷えてしまいました。
どうなるんだろう。
沖の向こうに島のような山のようなものがありました。
このままそこへ流れていくのかなと思いました。
尋ねると、
「あれは大間。青森だ。でもあそこには行けない。潮で太平洋に流されて、それで、死ぬんだ」
と男の子は悟ったように答えました。
そうか、津軽海峡を流されて、いつか沈んで死ぬんだな、と、覚悟のようなものを持ちました。
怖いとはそんなに思いませんでした。
そうか、そうなのか、という気持ちでした。
涙は誰も出しませんでした。
沈黙だけでした。

しばらくして、なにやら漁船のエンジン音と人の声が遠くから聞こえてきて、
「助かった。迎えに来た」
と男の子が言うので、よく見るとだんだん大きくなる漁船には男の子の父親と仲間が乗っていて、一番最初に私は小舟から抱き上げられて救出されました。
泣いたのは救出されてからでした。
立派なピカピカの漁師に見えた中一の男の子も泣いていました。

祖母が浜から沖へ私たちが流されていくのを見たのだそうで、それで大騒ぎになって、船を出して迎えに来てくれたのだそうでした。(あの流された小舟はどうなったのでしょう)

この頃、戸井のマグロが有名になってお寿司屋さんで戸井の話が出るたびに、あの男の子は漁師になっているのだろうか、と思います。祖母のイトコの子の子です。祖母が亡くなって。しかも函館から遠い大阪へ結婚して来た私とはすれ違う縁ほどの縁もない人です。
でももしかしたらこのマグロ、あの男の子が獲ったものかもしれない、なんて思いながらお寿司を食べます。

今日の、その戸井のマグロは誰が獲ったのでしょう。あの子だったらすごいな…。
(あの子って、もう還暦なのでしょうが)



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テーマ : 日記
ジャンル : 小説・文学

プロフィール

尾川裕子

Author:尾川裕子
大阪女性文芸協会代表
日本文藝家協会会員

「晴れたらいいね」というタイトルは、「毎日が明るい日であればいいね」と思う気持ちと主催している文学賞の応募者に「あなたの作品が受賞できたらいいね」という思いを重ねたものです。

応募希望者は「応募希望者へ」と「大阪女性文芸賞」のカテゴリをごらんください。

おしゃべりと食べることお酒を飲むことが大好きです。
文学だけでなく歴史オタクでもあります。
どうぞよろしく。

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