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子供の頃のお正月

昨日ハワイアンロミロミのお店に行ってモミモミしてもらった後、お茶をいただきながらふと世間話。
そのお店は31歳の女性のオーナーが一人でやっているお店で、大掃除のお話から年末年始のお話になって、昔はお正月を迎えるということがどこの家でも一大イベントだったという話をして、その中で、「元旦にはサラの下着を着たものだった」と言ったら、「え~っ、それ北海道だけではないですか?」と驚かれました。

世代の違いかと思いましたが、ちょっと自信がない。
もしかしたら北海道だけだったんだろうか。
そう思って帰宅してからグーグルで検索してみたら、出てきたので、どうも北海道だけのことではなく、昔は一般にそうしていたような気がします。

我が家では、「元旦はお掃除はしない日で、怒ってもいけない日」でした。
新年の神様をむかえるハレの日で、だから掃除も洗濯もとにかくケ(日常)の日にするようなバタバタした事をしてはいけない日で、その日は神様とともにお酒を飲んでご馳走を食べてニコヤカに過ごす日というような感じでした。
それで怒られそうなことをしたり姉弟げんかしそうな雰囲気になると「今日はお母さんをお願いだから怒らせないでちょうだい!」と言われました(充分鬼のような顔をしていましたがね。あはは)。

そうだ、泣いたり怒ったりだけでなく、不吉なことを言ったりしてもダメでした。
一年の計は元旦にありで、元旦にそんなことを言ったりしたら、今年一年そんなことになる、というような事をよく母は言っていましたね。

とにかく元旦の日は朝起きたら、新品の下着を着て(服も新品のヨソイキだったり)、それでまずは「おはよう」ではなく「あけましておめでとう」を家族で言い合い、お神酒をあげた家の神棚に向かって父を先頭にパンパン拍手を打ってお参りをして、そのあとは仏壇の前で手を合わせました。

それでそのうち特に親しい親戚などが順繰りにやってきて、遅くまで飲んで食べておりましたね。
我が家は北海道で、重箱に詰めた「おせち」というのはなくて、足つきの黒塗りの「お膳」に一人分ずつ色々なお皿に盛りつけたお正月料理がのるのでした。
必ずあったのは「焼鮭」、鮭やハタハタなどのお魚を麹と人参と大根などの野菜をちょっと入れて自然発酵させた飯寿司(いずし)」と「お煮しめ」「黒豆」大根と人参の紅白「ナマス」我が家は数の子ではなく「筋子」。細切りのこんにゃくと人参とたら子がバラバラにまぶされた煮物。
あと函館独特のお正月料理だったらしい鯨の脂身の入った煮物というか汁物「くじら汁」(これは苦手だったな~。人気が無いので中学くらいには止めた。鯨が手に入りにくくなったのかも)。
他にもあったと思うけど忘れました。
「飯寿司」と「くじら汁」はご存じない方のためにクリックしたらどのようなものか分かるサイトに飛びます。
こういうものを4、5日食べ続けました(最後は飽きた、だいいち子供にはおいしいとも思えなかった)。

ところで北海道ではお正月前の大晦日12月31日に「年越し」という行事で、そのお正月用のお料理を食べました。
家族が広間に全員揃って、テーブルではなく足つきのお膳にのった正月用のご馳走(+お刺身と茶わん蒸などもつけて)を食べながら、年を越す儀式というかお祝というか、宴会ですな、をしました。
具体的にいえば、家族が一人ずつその年の良かった出来事や来年の抱負などを言ったり、子供たちは祖父母や両親にその年にした目立った良いことを取り上げて褒めてもらい、喜んだり照れたり、また余興のように歌ったり芸を披露しました。
子供も祖母が漬けた梅酒をサイダーで割ったりしたものとか飲みました。
私なんざ、日本酒をお猪口でちょこっとね。その日ばかりは無礼講。
子供心に日本酒はうまい!と思いました。
堅物にしか思えなかった祖父がメチャクチャ粋な小唄を歌ったので驚いたこともありました。
(若い時は芸者さんと遊んだりして祖母を泣かせたらしい)
夕方から始まってそれらをNHKの紅白の前にやり終えました。
お年玉もその時にもうもらいます。
ご馳走食べて(好きだった茶碗蒸し子供は2個ずつ食べましたね。なぜか我が家では栗の甘露煮が入っていました)お酒飲んでお年玉もらって、最高でしたわ。

みつ豆のようなデザートもあったし、お腹いっぱいで、「東京では大晦日は年越し蕎麦というものを食べるらしい」というんで、こんなにご馳走食べた後でさらに東京の人はお蕎麦まで食べるなんて、すごいなーと感心しました(東京ではご馳走は正月まで食べないとは知らずに)。
それでそのうち年越し蕎麦を我が家でも夜12時直前に無理やり食べるようになりました(笑)。

「年越し」は青森でもするようなので、北海道だけではないようですが、大阪ではまったくしないので、結婚したときに大晦日があっさりでびっくりしました。

ともかく、年末から年始にかけて大変でした(それは大阪でも)。
しかし、いつの間にかずいぶん簡単になって、しないことも増えました。

たしかに、めんどくさいことだったけど、とても懐かしい、今となっては私のいい思い出です。




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テーマ : 日記
ジャンル : 小説・文学

プロフィール

尾川裕子

Author:尾川裕子
大阪女性文芸協会代表
日本文藝家協会会員

「晴れたらいいね」というタイトルは、「毎日が明るい日であればいいね」と思う気持ちと主催している文学賞の応募者に「あなたの作品が受賞できたらいいね」という思いを重ねたものです。

応募希望者は「応募希望者へ」と「大阪女性文芸賞」のカテゴリをごらんください。

おしゃべりと食べることお酒を飲むことが大好きです。
文学だけでなく歴史オタクでもあります。
どうぞよろしく。

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