スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ゲゲゲとリンク

4月に実家の父の介護に行ったときに、朝食摂りながら皆で「ゲゲゲの女房」を毎日見ていたので、その後も気になって、この頃は録画したりしてまで楽しみに見ています。
                 *以下漫画家・作家の敬称を省略しています。お許しください。

というのも、水木しげるの「悪魔くん」も「ゲゲゲの鬼太郎」も、最初の物を私はTVで中学時代に見て育ちましたから(漫画はその前の貸本時代から知ってました)。
例えば、ドラマが始まる前からも、マンホールの蓋を見るとふいに「エロイムエッサイム 我は求め訴えたり」なんて、いいおばさんが、言いたくなったりしたくらい、水木ワールドがスリコマレテいたんです。
高校の同級生で「タローちゃん」と呼ばれていた女の子がいたのですが、彼女が「鬼太郎」に髪型が似ていたからで(そういえば、ニッと笑うときの感じも似てたな)、それで、「鬼」だけは取って「タローちゃん」とみんなは呼んでいたんです。明るい人気者でした。
今回のTVドラマのなかでも誰かが言っていましたが、たしかに子供は怖いものが好きで、私たち、小学校の時は楳図かずおの「へび少女」を回し読みしてましたね。

思い出せば、高校時代は、今回のドラマでは「ゼタ」ということになっている漫画雑誌の「ガロ」も、そのライバル誌だった手塚治虫の「COM」も、どちらも、誰かが買ってみんなで回し読みしてましたよ。

私は他に少女向けの週刊マーガレットや少女フレンドも読んでいました。
しっかり覚えているのは週刊マーガレットを毎週買っていたことです。
私は函館本線の列車で1区間だけ通う汽車通(きしゃつう)だったのですが、当時の国鉄の駅の売店では市内の書店より一日早く週刊誌が販売されていたので、誰よりも早く「ベルサイユの薔薇」や「エースを狙え」を読んで、友人に早めに回してあげられるのが自慢でしたね。
あの頃、漫画家の土田よしこも大好きでした。「つる姫じゃ~」「よしこで~す。笑っていただきます」なんて、あ~、なつかしいな~。
少し後になると、倉多江美の作品も面白いと思いました。

あと、ここからは小説の話も入りますが、小説では、中学時代は、学習雑誌の「中学コース」を取っていたので、その付録に眉村卓や筒井康隆の本が付いていたり、連載物でジュニア小説があったりして、学校の図書室の名作全集や児童文学しか読む機会のなかった小学時代から、一気に現代作家の作品に触れて、読書の幅が広がって刺激を受けました。
私は真似してSF小説を書いた記憶あります。
小説の付録は私にとってはお宝でした。
あの頃の学習雑誌って、考えるとただの受験雑誌ではなく、かなり面白いことを力を入れてやっていたような気がします。
それで、その続きで、少女小説も読みました。
中学から高校にかけて「小説ジュニア」を時々買って読んでいたのですが、私が特に好きだったのは佐藤愛子(今でも大好き)と川上宗薫。
とくに川上宗薫のちょっとエッチなユーモア小説が面白かった~~。

高校時代の冬のめちゃくちゃ寒い日、市電を待つのが寒すぎて、電停前の小さな書店に入った時に、川上宗薫の本を棚に見つけて、一緒に待っていたボーイフレンドに「川上宗薫だわ。私この人の小説大好きなの」と言いながら棚から抜こうとし、彼に「あ、やめろ」と小声で言われたのですが、何言ってんだろうと意味がわからなくて、そのまま抜いて、表紙の全体を見てちょっとびっくりしたことがありました(笑)。
しかし、今でも私の読んだ川上宗薫は面白かったと思っています。

あと、どうして読み始めたのか不明ですが(伊藤野枝に興味があって「美は乱調にあり」を読んだのが始めだろうか)、同じ頃、私は瀬戸内晴美の小説も大好きで文庫本をたくさん読んでいました。
あの頃、瀬戸内晴美を一番読んでいた高校生だったかもしれません。
伝記物がとくに好きでした(今でも)。
その結果、「女徳」の主人公に憧れて祇王寺に行きたいと、丁度、高校の修学旅行の頃だったもので、半日選択コースでは嵐山へ行こうと運動を起こして、クラスの女子全員に「女徳」を回し読みさせて洗脳し(どれだけ洗脳できたか知らない。本当に読んだかどうかも不明。他のみんなはどうでもよかったのかもしれない。アンノン族などまだ先の頃で、嵐山が全国的にそれほどメジャーな観光地でも無かった頃です。男子は何でもどこでもよかったようでした)、みごと成功して、我がクラスは嵐山コースを選択して祇王寺の庭をちょろっと歩きました。
一生懸命大騒ぎして(選択コースをそもそも作ろうとか嵐山コースを作ろうというところから首を突っ込んで騒いだ記憶があります)、祇王寺の庭を歩いたのは15分だったでしょうか。
庵主さまのお顔も見られませんでしたが、それでも、ここがそうかと、私は満足してました。

よく考えると、大江健三郎も倉橋由美子も、吉川英治(とくに「三国志」)も芥川龍之介も、面白いと思い、さらに言えば吉本隆明や柳田国男も未消化ながらも読んでいた時代でした。
ジャンルにこだわらず、あらゆるものが新鮮で面白いと思えた頃だったのかと思います。

あの頃、漫画は子供だましのものではなく、絵によって物を語る、一つの芸術として小説に負けないほどの力を持つように変化していたような気もします。
白土三平の「カムイ伝」も深かったし、あと弟の持っていた少年誌にあったジョージ秋山の「アシュラ」もインパクトあったな~。

だから私の中では漫画も小説もどちらも脳みそのなかの棚では同じところにありました。
結婚する直前まで漫画の月刊誌はあれこれ買って読んでいました。
最後に好きだったのが「伊賀野カバ丸」。あはは。
結婚して、大阪へ来て、夫の給料のみでやりくりすることになって、漫画から卒業しました。
漫画を読むことをやめられるかと自信がなかったのですが、やめられるものでした。
そのかわり、私には日本書紀と古事記を読み歴史の謎を解くことがライフワークのようになったのです。

こうした私の個人的な青春が、ゲゲゲの女房と激しくリンクするもので、毎日番組を見るのですね。
もちろんゲゲゲの女房の話もどう進むのか、知っていることもあったりで。
あと、小道具が懐かしい、どこの家にもあったものなど見つけるたびに、あ、あれ家でもそうだったとか、ほらほら、とか思いながら見るのが、うれしかったりするのですが。
あと3週間で終るのかと思うと寂しいです。

そうだ。
これを書きながら思いました。
私は一度川上宗薫の純文学小説を読んでみるべきですね。
今は絶版になっている「川上宗薫芥川賞候補作品集」というのが図書館にあるようなので、ロイヤルホテルの講座が終わったら借りて読んでみましょう。


スポンサーサイト

テーマ : 日記
ジャンル : 小説・文学

プロフィール

尾川裕子

Author:尾川裕子
大阪女性文芸協会代表
日本文藝家協会会員

「晴れたらいいね」というタイトルは、「毎日が明るい日であればいいね」と思う気持ちと主催している文学賞の応募者に「あなたの作品が受賞できたらいいね」という思いを重ねたものです。

応募希望者は「応募希望者へ」と「大阪女性文芸賞」のカテゴリをごらんください。

おしゃべりと食べることお酒を飲むことが大好きです。
文学だけでなく歴史オタクでもあります。
どうぞよろしく。

月別アーカイブ
最新記事
カテゴリ
FC2カウンター
検索フォーム
リンク
QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。