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お願い

応募作品が続々届いております。
そこでお願いが一つあります。

郵便局の「定額小為替」には、何も書かずに切り取らないでという部分も切らずに、お送りください。

おところ、おなまえの欄は受け取る私どもが書くべき欄です。
ここに応募者がご自分の住所や氏名を書かれると大変困ります。
指定受取人も協会の名前を書かれますと、受け取り事務作業がそのぶん複雑になります。

どうぞ一切何も書かずにお送りください。
よろしくお願いいたします。

プリンターの調子が悪く、受け取り作業がすこし遅れております。
今週中には4月末まで頂いた作品の受付ハガキをお送りすることができると思います。
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テーマ : 雑記
ジャンル : 学問・文化・芸術

「細雪」雪子の結婚相手と函館

昨日「細雪」上映会へ行って、なぜか見ている間中、涙が止まらなくなった私が、帰る道々友人と、原作では、下痢が止まらなくなったヒロイン雪子を描いたまま小説が終わることで話が盛り上がった、と書きました。

その後、雪子のモデルである重子(谷崎潤一郎夫人松子の妹、森田家三女)のことをちょっと調べて、面白いことを知りました。
小説では「御牧実」になっている雪子の結婚相手は、実際は渡辺明という旧津山藩主の子息で、その祖父はなんと第11代将軍・徳川家斉(子供を53人作ったという)の14男・斉民。斉民は養子に行って津山藩を継ぎ、そのため幕府は津山藩に5万石加増、ただしこの斉民はなかなかの人物で幕府が倒れた後の徳川宗家を継いだ幼い田安亀之助(徳川家達)の後見人として養育にあたった人物なのです。
ひゃ~、面白いなー。

で、その渡辺明はちょうど谷崎が「細雪」を書いている途中、仕事を変わって、北海道の函館にある「函館船渠会社」の現場監督として行っているのです。
函館船渠会社というのは「函館どつく」です。あれ~~っ!。
そこへ細雪の雪子のモデルであった重子を一緒に連れて行こうとするのですが、谷崎も松子夫人も当の重子も反対、戦局が悪化していく昭和19年から20年にかけてのことで、明は「北海道は安全」というようなことを言うのですが結局単身赴任のまま、戦争が終わり、また仕事を変わるまで、結局一人で函館にいたのです。

いや~、まあ、ただ函館にいた時期があるって話だけなんですがね、私としては驚き! 新鮮! 「細雪」がものすごく身近に感じました。

テーマ : 日記
ジャンル : 小説・文学

芦屋で「細雪」上映会

谷崎潤一郎記念館では6月26日まで「四姉妹の昭和──よみがえる「細雪」の世界」という特別展をしています。
http://www.tanizakikan.com/history.html
今日はその特別企画のなかで昭和34年に作られた映画「細雪」の上映会が芦屋のルナホールであり、行ってきました。
http://www.tanizakikan.com/exhibition.php
谷崎潤一郎が生きていた時に谷崎のお墨付きを得た、一番原作に近い映画だということと、撮影された当時の芦屋や大阪の映像、私が物心つくころには大女優になっていた女優さんの若かりし頃の姿、当時の華やかな衣装が見られるというのでとても楽しみにしておりました。
まず四姉妹がそれぞれに個性的に演じられていて、
轟由紀子さん存在感ある! 京マチ子さんきれい~! 山本富士子さん美人! 叶順子さん魅力的!
実際に美人姉妹がこうみごとに揃うと迫力があって、映像作品ならではの面白さが感じられて、よいものでした。
衣装など、洋服はエリの形やウエストのしまったデザインなどとてもカッコよく、また和服の柄も今にして斬新に思えたり、そういうところは古い映画ならではの楽しみ方ができました。

ところで私、映画が始まると同時になぜか涙が止まりませんで、最後までたらたら涙流してました。
感動の涙か? というとその種の涙とは違って、どうも老眼とド近視のせいで、暗くなって大画面を見たときに焦点がそのような大画面の映像に合ったメガネをつけていないせいで、目の筋力が必死で映像に焦点を合わそうとして耐え切れず、涙が流れたようでした。
最初京マチ子が出てきても、顔がぼんやり見えず、そのうちに慣れてきてやっと「若い! すげえ、きれいだ!!!」と思ったんです。その間涙だらだら。
あらかた化粧も落ちましたがな。あはは。

原作の「細雪」は最後はなぜか下痢の話で終わります(まあ映画はそんな最後ではありませんが)。
で、上映会に同行した友人と帰る道々、なぜ華やかな姉妹の話の着地、しかも読者が一番どうなるのだろうと気にしながら読んでいた美女のラスト、縁談がようやく決まって旅立つという通常ならば明るいラストが、彼女の下痢がおさまらない、になったのか、ということで話が盛り上がりました。
読んだ方はほとんど不思議に思うと思います。
私は「人が生きていくこと、肉体、現実」というものを追及してわざと美女の下痢で最後フェードアウトしたのだろうと思うのですが、どうなんでしょう。
そういえば魅力的な匂いの香水はよい匂いの物ばかりで作られるのではなくそのまま嗅いだら悪臭になるような物を一滴加えることによって、魅力的な匂いになるという話も聞いたことがあります。
小説作りも、深くは、そういうことかもしれないな、とふと思ったりしながら帰ってきました。
終わり方は一番むずかしく、決まりすぎはかえってよくないものですが、この作品の着地は日本文学史上まれなほどユニークだと思います。

私は最初に「細雪」を読んだとき、大阪と関東以北の「良い女性像」の違いに驚きました。
おとなしくて上手に話せないような女性よりも、華やかで明るいのがよい、という感覚にびっくりしました。
関東は武士の気風が根強いところで、極端に言えば、女は地味に静かに台所の隅でタクワンでも食って亭主に仕えてろというような意識(亭主には酒呑ませてちゃんと魚食べさせろっていうんだ。そういう話をする落語家の噺を浅草で聴いて怒り狂ったことがあったな、昔、私)。
だから関東以北である北海道で育った私はおしゃべりで目立ちたがり屋だったので浮いていました(大阪ではまあ許容範囲?)

こうした求められる女性像の違いの面白さ、はぐくんだ文化の違い、谷崎もきっと感じたと思います。
洗練された裕福な育ちの華やかな松子夫人に出会った時、たぶんとても新鮮で、おおいに意識改革され、創作の原動力になったのではないでしょうか。
そんなことをつらつら考えた「細雪」上映会でした。

テーマ : 日記
ジャンル : 小説・文学

訃報

11日の夜に、高校時代の友人の1人が亡くなっていたというメールを頂きました。
亡くなったのは4月の末だったそうで、知らせてくれた友人も詳しくは分からないという話です。

30年以上も会っていない男友達でした。
高校の1年と3年の時に同級で、当時、ほんとうにバカなことばかりしてみんなで騒いでいました。

彼の家は学校から歩いて20分くらいのところで、ちょうどそのあたりには地方から来ている生徒の下宿もあって、その下宿には男女色んな子がいたので、アチコチそれぞれの友人の部屋に家から通学している生徒も遊びに入っているうちに、いつのまにか集まって宴会もどきをしたりどんどん不思議な人間関係ができたのでした。
その下宿には私の今なお親友のS藤T子が下宿していたのです。
彼もどこかの男友達の部屋を訪ねているうちに、移動して、T子の部屋へ来たりしていたのです。
色気があって色気のない、その年頃でしかできないような付き合いをしました。
人の善いやつで、義侠心にもあふれていて、だから友達としてあんがい頼りになりました。

バカは卒業してからもよく集まってやりました。
高校を卒業してから、彼は東京へ、私は札幌へと離れましたが、たまに上京するときに電話をして会おうと言って会えなかったことはありませんでした。
「めったに会えないからよ」と、すこし無理をしても会う時間、というか一緒に飲む時間を作ってくれました。

最後に会ったのはT子が結婚するほんのすこし前です。
T子の実家の近くの大沼へ、彼ともう1人現在はスチールカメラマンとして活躍しているM長Y夫と私の3人で行って、4人でご飯を食べたりドライブしたりお茶飲んだのが最後でした。
あの後、私も結婚して大阪へ来て、彼は実家ごと関東へ引っ越して、連絡先が分からなくなってしまったのでした。
それでも十年ほど前に、彼と親しくしているという昔のクラスメイトに電話番号をきいたので、一度電話をしたのですが不在で、伝言を残したものの、彼からの連絡はなかったのです。

ガンだったそうです。
そうか、あいつはもういないんだ。
すっかり忘れた昔のアレコレ、バカな事(詳細はここでは書けない)を思い出して、この3日間、泣いて笑ってまた泣いていました。
T子にはなんだかすぐに電話もできず、ようやく先ほど電話をして知らせました。

H野K貴くん、おかげで面白い青春を過ごせた。
ありがとう。
心からご冥福をお祈りいたします。










テーマ : 日記
ジャンル : 小説・文学

親めぐり

ゴールデンウィークが終了しました。
今年は5月2日から6日まで函館の実家へ帰り、父の介護と家事に勤しみました。

夜中も日中も、1時間半に一度父がトイレに行くため、呼ばれたら車イスで連れていき、パンツを脱がせる着せるを繰り替えしてきました。
これがまるで筍のように何枚も着ているので(下半身だけでもパンツ状の紙おむつ+白い股引+ラクダの股引+寝間着or日中はジャージ)大変。脱がせるのに時間がかかると間に合わなくてよけいにオオゴトになる。
いつもはそれを独身の弟が一人でやっているので、少しは弟に休んでもらいたくて帰ったのでしたが、たった5日間では焼け石に水だったかもしれません。
まあしかし、連休中は父を普段週に2回受け入れて入浴やリハビリなどをしてくれている施設が休みだというので(いつもはその間だけは弟が自由になる)、私が帰ったことで、弟の負担が減ってよかったかもとそう思おうかな。
5月2日と6日は連休中の平日で、その日だけ早い時期からとれる全日空の特割対象の空席があって、とてもお得に切符が取れたのです。最初はもう一泊しようかと思ったのですが席がなくて、2日と6日にしたのでした。
で、切符をネットで予約する前に、ちゃんと弟に確認のために日にちを伝えたのですが、なぜか弟は私が7日の土曜日に帰ると勘違いをして(去年は土曜日に帰ったのです。去年はその土曜日に安いチケットが取れたので)、6日の12時から親戚の法事があるので、私がいたら父の介護を任せられるので出ることができると法事に出る予定をしていたのでした。
その勘違いが分かったのが行く前日(何でその法事の事を言わんのよ!)
え~~~っ、と驚きましたがな。
あわてて調べたら、すでに7日も8日も直行便の飛行機は満席。乗継便も早朝8時台に飛ぶ分しか空いていませんで、6日の夕方5時45分に発つ羽田で乗継ぎ関空着の便に変えるしかない状態、しかも4万1千円と直行便より高いし、特割のチケットは変更不可でキャンセル料は半額!!! だし。
涙が出た。
こんなことなら帰りは変更可能な普通のチケットにしておくんだった…。今度はそうしよう。

さて、その5時45分発の飛行機に乗って、羽田で1時間待って、関空に帰ったのは9時45分(4時間もかかるんやー。直行便なら1時間半くらいなのに)。
上本町行リムジンバス10時発最終に乗り込んで、上本町から近鉄電車で我が家にたどり着いたのは日付の変わる深夜12時少し前。
疲れました。5日間の疲れと、旅疲れと。
その日というか翌日は朝まで起こされずに眠ることができることに感謝しました。

夜中1時間半に一度起こされるのはかなり堪えることです。
去年は寝た後の最初は3時間そのまま寝ていてくれて、その後は2時間に一回起こされたのです(今年は最初も何もなく1時間半に一回で粗相もあった)が、私は、昨年帰る前に弟に、すこし睡眠薬のような精神安定剤のような薬をお医者さんに出してもらわなければ弟の体が持たないと言ったのです。
症状が激しくなった今年、頻尿に関して医者に相談したところ、頻尿の治療というより膀胱が小さく退化しているので、ちょこちょこトイレに行きたくなってしまう状態なのだという説明があったそうで(病気ではないので治せないんや。たくさん水分とって膀胱を大きくさせる練習を何度もしたらトイレへの時間が長く持つようになるというのですが、父はそれを頭で理解しても実際に水分取ったらそれだけトイレへまた行くために人を呼ばなくてはいけないので申し訳なく思ってできないんです)、それで医者も弟の体を思って安定剤のようなものを夕食後に飲ますように薬をたしたのだそうです。
ところがそうしたら、夜ばかりでなく日中も呆けたように寝てしまい、父という人間が消えてしまうような感じがしたもので、それよりは1時間半に一回起こされる方を取ったと弟は言っていました。
そうなんや。そうなんや。
まったく弟に頭が上がりません。私だったらどうなんだろう。考え込みました。

帰った翌日の7日は丸1日、ぼんやり。
あ、ハワイアンロミロミへ行って体もんでもらいました。

で8日は母の日。
奈良に住んでいる夫の母のところへ二人で行ってきました。
こちらの方は元気ハツラツ。
3年ほど前に小さな胃がんで胃を3分の2切除しましたが、そんなことを忘れるくらい頭も体も達者です。
函館の父と同じ年の84歳です。

ということで、連休は親めぐり。
親が生きているからこそですかね。
疲れたけれど、父と弟と私と3人で夕食をお酒飲みながら会話したのはほんとうに楽しかったし、母と夫と私と3人でケーキ食べながらなにげに世間話をするのもほんとうに楽しかったのです。








テーマ : 日記
ジャンル : 小説・文学

プロフィール

尾川裕子

Author:尾川裕子
大阪女性文芸協会代表
日本文藝家協会会員

「晴れたらいいね」というタイトルは、「毎日が明るい日であればいいね」と思う気持ちと主催している文学賞の応募者に「あなたの作品が受賞できたらいいね」という思いを重ねたものです。

応募希望者は「応募希望者へ」と「大阪女性文芸賞」のカテゴリをごらんください。

おしゃべりと食べることお酒を飲むことが大好きです。
文学だけでなく歴史オタクでもあります。
どうぞよろしく。

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