第27回予選通過作品発表

第27回大阪女性文芸賞予選通過作品発表。
                  (お名前入りで再度UP)

なお、数週間ぶりにここへご訪問されたは、カテゴリの中の大阪女性文芸賞をクリックし、読んでいただけたらと思います。下読みしての感想、気をつけていただきたいことを書いております。

予選通過作品
        受付番号順
『子どもの宮』 山本円子(兵庫県川西市)
『100球まで』 今野奈津子(京都市)
『午睡の果て』 猪口 絢(奈良県御所市)
『春を渡って』  越智ひろみ(神奈川県相模原市)
『日陰の朝顔』 片岡 真(高知市)
『寡黙の庭』  山木美里(京都府城陽市)
『ハンナ』    西山智子(神戸市)
『揺れるワンピース』 美月麻希(神戸市)
『拳』      本川さとみ(広島県東広島市)
『ただ、母』  水森千稀(大阪市)
『通夜ごっこ』 門倉ミミ(東京都渋谷区)
『犬地図』   兵頭道子(愛媛県松山市)
『バルビゾンの風』 漆原衣未(大阪府箕面市)
『ラストカット』 山本文月(大阪府箕面市)
『よにげ』   西園春美(熊本県八代市)
『空想キッチン』 潮田眞弓(滋賀県米原市)
『440Hz』  橘 雪子(京都市)
『一級河川』  坪倉亜矢(横浜市)

          以上18作、候補作はこの中から5作を10月中ごろまでに選びます。
          
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ジャンル : 小説・文学

(13)西行の祖父

時空を超えて(13)

このシリーズ、前回、西行と江口の遊女妙との話を書いたが、今回はロイヤルの講座では時間が無くて触れられなかった、西行の祖父・源清経と傀儡女たちの話を書こうと思う。

まず、西行だが、彼は、俗名佐藤義清という。
紀ノ国に領地(田仲荘・粉河寺のあたり「あら川の桃」で有名な所の近く)を持った武家の嫡男で、出家前は北面の武士であった。
8歳の時に父が亡くなり、若くして家督を相続したが、その領地は広大で、わりあい裕福な育ちのお坊ちゃまだった。
父亡き後、佐藤家のことは後家である母が取り仕切ったと思われるが(亡くなった父方の祖父・検非違使として有名だった佐藤季清──『左藤判官季清記』を子孫が検非違使になると仮定して故実を子孫のために著した──は生きていたのかすでに故人かは、ちょっとそのあたりは私の調べが今はまだ)、その母の実家は源氏である。
この時代、結婚が今の形態とは違う。
とくに関西では通い婚(妻問い婚)、そこから同居という形になる。
だから母の実家というものが今とは違って、その育ちの上での精神性に大きく関係してくると私は思う。

では西行の母の実家の主、母方の祖父とはいかなる人であったか。
実はひじょうに変わった面白い人なのである。
名前を源清経という。

監物(大蔵省で出納をつかさどる職)についていた人物なのだが、今様(当時流行っていた歌謡、ニューミュージックというところか)に明るく、ほとんど現在のプロデューサーのような存在だった。
彼のことは後白河法皇が書いた『梁塵秘抄口伝集』にくわしい。

彼は今様の名手で青墓宿(岐阜の大垣)にいた傀儡女・目井のパトロンだった。
目井を愛し、上京させて同棲した。
目井という女性はよほどの歌い手だったのだろう。
性愛の情が醒めて、疎ましく感じ、わざと背中を向けて寝たふりをしたが、その背中に目井のまつげがまばたきして触っただけでもぞっとするくらいにもなったが、それでなお彼は彼女の歌を愛して手を切らず、晩年尼になって死ぬまで、食い扶持を与え、面倒をみたというのである。
背中にまつげが触っても、というあたりの表現はとてもリアル。
これを、目井の弟子で養女でもあった傀儡女の乙前が話したこととして後白河法皇が口伝集にそのまま書き残している。
乙前は後白河法皇の今様の師である。傀儡女を先生と仰いで今様に熱中し、乙前の言う事をすべて信用している法皇の姿を含め、『梁塵秘抄口伝集』は面白い。うまく表現ができ、一本筋が通ったような女が好きなのだろう。だから出会ったときにはすでに数人の子持ちだった丹後局(遊女の丹波局ではなく高階栄子の方)にも参ったのね、とか思ってしまう。

話を戻す。西行の祖父・源清経、である。
彼は才能のありそうな若い傀儡女を自ら弟子にして明けても暮れてもスパルタ式に仕込んだ。
若い傀儡女たちは、夜中はあまりに眠くて水を浴び、まつげを抜いたりして、それでもまだ眠気そうにしながら、必死で歌っている様子だったという。
夜が明けてもなお蔀(現在のブラインドのようなもの)も上げず、いつも延々と歌わせているので、同居していた目井の養女である乙前がうっとおしく思い、彼に、常識はずれではないか、というような事を言って抗議をしたところ、
「若い時はよいが、年老いて容貌が衰え誰も目をかけてくれなくなった時にでも、歌の実力が確かにあれば、聞いてみたい、教えてもらいたい、と高貴な人に呼ばれることもあるだろう」
と言ったという。
譜面もない、録音もできない時代には、歌謡の節は人伝えに伝えられるので、時にあいまいになったりするのだろう。それが、確かなものを持ってさえいたら、手本として大切にされ、芸に身分の上下はないから食べていけるということである。
その通り、乙前は70歳をすぎて後白河法皇に呼ばれ、法皇の師として大切にされた。

これを読むとわかるが、清経自身がかなりの歌い手だったのだ。
彼はそうした芸能者のいるところに明るく、なんでも源師時という人の日記『長秋記』には、清経が案内役として神崎・江口の遊女と遊んだ話が書かれているらしい。
他にも蹴鞠の達人だったというし、監物(けんもつ)はけっして堅物ではなかった(似ているけど字が違う。笑)

さて、その彼は、目井を愛し、長年同居していたとしても、本宅へも当然行ったであろう。
これだけの情のある人間が、自分の妻子に情をかけないわけはない。
目井ならぬ、妻のまつげが背中に触り、鳥肌が立つほど恐ろしく感じたとしても、子供は愛おしい。
特に娘となれば。
自分の家庭で彼は歌を歌っただろうか。
「芸に身分は無い」というような彼の思想は、家庭内に形を変えても何かしらあったのではなかろうか。
また蹴鞠に関しては藤原頼輔が書いた『蹴鞠口伝集』に清経の説が幾つも書かれているそうなのだが(私はあいにく読んでいない)、そこには西行の説も5ヶ所に引かれているらしい。
それを知ると、西行は子供の頃にやはり清経に育てられたか、かなり身近にいたと考えたほうがよさそうな気がする。

そう考えると、くだんの江口の遊女・妙だが、妙と西行の祖父・清経が知り合いだったとまでは思えないが、頼ってみようかと思わせる、下地があったのかもしれない。
なのに断られたので和歌を贈ったのだろうか。


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赤ばかり

ありゃりゃ、です。

西武百貨店の西秀会という催事で注文したワインが昨日夕方届いたのです。
6本1万という、お値打ちワイン。
西秀会では私は必ず買うのですが、本来向こうお任せの赤ばかり6本でそのお値段なのですが、私はあつかましく半分白入れてくれと頼みます。
なにしろ夫が釣りをするので魚料理が多いもので。

数年前、初めは「何でもいいから白も半分」
そのうち「○○と○○(産地の国)以外」
で、とうとう今回は「赤も白もフランスとイタリアとチリで」
と我儘言いたい放題で、
あとはそもそもがお任せですから「よろしく」と。

我ながら、年を取ると、なんでも言えるものだわ、と思っていたのですが、今朝、どんなものが届いたのだろうと、うきうきしながら梱包を解いてみたら、産地は指定通りだったけれど、全部赤だった。

が~~~ん。
欲深な私に天罰か。
はたまた、「結婚29周年だからニクばかり食べなされ」という神意か。
(どうりで、夫はこの頃釣りしてもボウズ)

どうしましょ。
そもそもが6本赤でお任せのお値打ちワイン。
電話して「半分白にして」と頼む勇気が……。


(9月27日)
追記
諦めていたけれど、たまたまデパートの方と話す機会があったので上記のこと話してみたら、速攻、お取替え。
今朝、赤白届きました。うれしっ。




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(12)西行と妙

時空を超えて(12)

おかげさまで17日のリーガロイヤルホテル大阪での文学講座は無事終了いたしました。
おいでくださいました皆様、心からお礼を申し上げます。
ありがとうございました。

さて、今回、おいでになった方から「西行と妙のくだりが思っていた話と違っていたので興味深かった」と後から言われました。
西行と妙のくだり、とは、能「江口」日本舞踊「時雨西行」の元になる二人の和歌のやりとりとその状況を私が説明したくだりのことです。
せっかくなので、改めて、時空を超えてシリーズでも書こうと思います。

この話の元は、西行が50歳ころに四国へ旅をする途中、四天王寺にお参りしようとして遊女のメッカ・江口あたりで雨に打たれ宿を借りようとして断られた、ということから生じた和歌のやりとりで、西行の家集である『山家集』に載っています。

雨にぬれた西行が宿を貸してくれなかったその家の主人に歌を送りました。
世の中を厭ふまでこそかたからめ 仮りの宿りを惜しむ君かな (西行)
(世の中が嫌になって出家しようとまで思うことなど貴女にはむずかしいことでしょうが、ちょっと宿を貸すのも惜しむのですね)
「惜しむ君かな」、つまり家主に「ケチ」と言いたかったのですね。雨にぬれて西行もよほど困って情けないありさまだったのでしょう。
ところが「惜しむ君」とまで言われた家主は黙っておりません。
次のように返しました。
いへを出づる人とし聞けば仮の宿 心とむなと思ふばかりぞ (妙)
(出家した人だと聞けばこそ仮の宿でもこのような所に心をとめてはいけないと思うのですよ)
つまりは、出家した身の貴方が遊女の里で雨が降っているから家を貸してくれなぞと甘えたことを言ってはいけません。出家したからには厳しい覚悟もあったはずではないですか、ここは俗の中の俗ですよ、というくらいの感じを込めて家主の妙は歌で返したのです。
プライドを持ったなかなかの才女です。
西行はまったくもって一本とられました。

これが西行ではなくタダの僧であっても、僧が遊女に宿を借りようとして断られたというだけで面白い話です。しかも僧はタダの僧ではなく、歌で知られた西行で、その西行を歌でやり込めたのだからめったとない話です。
そのため、この話は、以降どんどんフィクション化されていきました。

代表的な話としては、
妙は平資盛の娘で、源平の合戦以降身を落とし、まずしい舟女郎になっていたが、西行とのこの歌のやりとりの後で語り合いそれが縁で仏門に入った、
というような物語(いろんなバージョンがあるけれど)です。

ところで、このフィクション化された話だと、だいぶおかしいのです。
何がおかしいか。
年代がおかしいのです。
西行が妙と歌を交わしたとき、西行50歳くらい、西暦1168年前後。
源平の合戦は1180年~1186年。まったくもって15年は違う。
しかも平資盛は1158年生まれ(1161年説も)。
おやおや、です。
妙よりも平資盛のほうが年下ではないですか。
(まあねぇ、フィクションや伝承ですから仕方おまへん。そんな事言ったら義経と弁慶だってあの二人あんなかけがえのない仲ではおまへんでした。弁慶のエピソードはほとんどフィクションです。ところで、なんで妙は平資盛の娘にされてしまったんでしょ? おそらく平資盛は歌が上手かったということと、平家の女が遊女にされたという伝承が関係するんじゃないでしょか)

元にもどしましょう。
妙、です。
妙が貧しい舟女郎であったならば、西行はそもそもあんな歌を作りはしないでしょう。
貧しくて、食べていくために身を売る生活の哀しい女ならば、生きているのが厭になることもあるでしょう。
西行が「世の中を厭ふまでこそかたからめ(世の中を厭になることなぞはむずかしいでしょうが)」と相手に歌ったその背景には、きっと、出家しようなぞとは夢にも思わないような、あんがい豪華な暮らしぶりをしていたからではないでしょうか。
遊女妙の住まいは、一宿一飯、頼って行ってもなんとかしてもらえそうだと思ったからこそ、西行が宿を貸して欲しいと頼み、なのに断られたからこそ、「惜しいのか」ケチと思い、わざと歌を送ったのでしょう。弱者である貧しい女だったらば、僧の身でそんな歌を送りましょうか?

実は、平安時代、遊女はさほど低い身分でもなかったのです。
女を武器に身を売りはしたが、歌を歌い、舞を舞う「芸能人」だというほうが判りよいくらいです。
遊女たちは下々の者たちはもちろん、皇族、貴族、名のある武士の寵愛を受け、中には後宮に仕える者もいたのです。
そうした皇族貴族との間に子供も遊女は産みました。
生まれた子供が男であれば父の子として皇族貴族になりました。
女の子の場合、父がはっきり貴族とわかっていても遊女でした。
貴族に列した男子に対し、まったく差別が無かったか、といえばむずかしいかもしれませんが、どんなものだったのでしょう。今でも芸者さんが生んだ息子が父の後を継いで政治家になっていたり、会社の後を継いだりしています。そのようなものだったのではないでしょうか。

後の時代、遊女は芸能者ではなくただ身を売るだけの女になります。
そのあたりから作られる西行と妙の物語の「妙」はドラマティックに変化していくのです。







                                

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気をつけなければならないこと

今日は原稿を賞に応募されるときに
気をつけなければならないことを書きます。

同じ作品の二重投稿は禁止
これはどちらの賞も(明記されていなくても)基本のルールです。
二重投稿とは、同じ作品を発表を待たずに他にも応募するということです。
内容がすこし違っていても、タイトルが違っていてもダメです。
よい作品であれば、応募先でどちらも受賞ということがあります。
過去に自費出版(共同出版)系出版社の賞が先に発表になり、
ほんの少し後に発表になった大手出版社の受賞を取り消され
デビューできなかった方がいます。
著作権の問題もありますし、それはやめてください。

どこかで受賞された作品の再投稿は禁止
自費出版系出版社や同人誌などが主催する賞で、佳作、優秀作、選奨など(賞状も賞金も貰っていないものでも)過去に受賞された作品は手直しされても他には応募は出来ません。

私小説のモデル問題には注意
登場人物にモデルがある場合、トラブルにならないよう、
細心の注意をはらってください。
小説はフィクションですがモデルがある場合
受賞作として世に出てもよいと思える表現になっているか
そのあたりの覚悟をして書いて出してください。
場合によっては訴訟問題になるのです。

登録商標には注意
商標として登録されている物で普通名称化されている物がずいぶんありますが、特にタイトルにする場合は要注意です。それらの一覧はここをクリック
相手の会社と交渉しなければなりません。
(「ここ」にあるリスト以外で、私どもは過去に密閉容器メーカーの名称で、相手の会社と交渉した結果受賞作のタイトルを変更したことがあります。ですから登録商標かどうかはきちんと個別に検索して確認してください)
*ここ をクリックしてたまに文字化けした画面がでることがあるようです。そのときはご自分で検索エンジンに「普通名称化した商標一覧」と入れてwikiにある一覧を探して見てください。

上記の問題は、よくわからないまま、よく考えないまま応募してくる場合がありますので明記しました。ご注意ください。

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プロフィール

尾川裕子

Author:尾川裕子
大阪女性文芸協会代表
日本文藝家協会会員

「晴れたらいいね」というタイトルは、「毎日が明るい日であればいいね」と思う気持ちと主催している文学賞の応募者に「あなたの作品が受賞できたらいいね」という思いを重ねたものです。

応募希望者は「応募希望者へ」と「大阪女性文芸賞」のカテゴリをごらんください。

おしゃべりと食べることお酒を飲むことが大好きです。
文学だけでなく歴史オタクでもあります。
どうぞよろしく。

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