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物書きの「物」

28日のリーガロイヤルHでの文学講座「三島由紀夫の生涯」にはたくさん受講者がおいでくださいました。ありがとうございます。
当日参加申し込み者が3名もあったようで、「これ以上増えたらどうしようとドキドキしています」とホテルの担当のOさんが喜んでおりました。
(タテマエ上、申し込み締め切りは3日前なんですが、私の講座は用意するものはお菓子とレジュメだけなので毎回当日参加も一人や二人はOKでして、つまり特別注文の上生菓子の数が足りるか心配だったようです)

三島は、最期、どうだったのでしょう、小説書いているだけでなく、シナリオをも書き、平面の紙の世界から人の演じる三次元の世界へ飛んで、自分でも俳優やったり、演出したり、思うことが思うままできる状態にもなっていて、現実と虚構の境界がなくなってしまっていたような気が私はします。

もともと、物書きの「物」は「物の怪」の「物」だと私は思っています。
神のような、鬼のような、異界の何かに憑かれたようになって、無い事を有る事のように書くのが小説です。
いわば異界と現実世界の境界にいるのが作家で、修行していつでも恐山のイタコのような状態になって書けるのがプロ作家で、三島などはなかでも生まれながらに特殊な能力に恵まれた作家だったのでしょう。

そういえば、万葉歌人・柿本人麻呂の「柿」は垣根の「垣」で、境界のことではなかったかと折口信夫が言っていたそうで、それも同じようなことだと思います。
万葉歌人の人麻呂は、つまりは境界にいて神に捧げ、神にも等しい天皇や皇子に捧げ、死者の霊に捧げる歌をつくる人だったということでしょうか。
古代、各地で行われていた「歌垣」も「歌の掛け合い」のことだと言いますが、それ以上に魂を持った言葉が男女の垣根、人と人の垣根を越えて、人に取り懸かるからだと思うのです。

日本は言霊の国、言葉は気をつけて発しなくてはいけない、言は事になるから、というような歌が万葉集にあったように思います。

三島は「言」を「事」にしたんでしょうね。

三島ファンは未だに多いです。
そのおかげで28日はたくさん集まってくださいましたが、圧倒的に女性の多い中に男性4名、その中のお一人がちょっと気になって、私としてはいつもの「尾川節」ぶっちゃけトークが出来にくくて、発する「言」に気をつけて、すこし緊張して話しておりました。





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テーマ : 日記
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今日は雨

今日は朝から雨です。
その天候と関係するのか、昨日は一日頭痛でした。
(気圧性偏頭痛持ちなので、古代だったら天気の予測が出来て、崇められたかも)

さて、23日のジュンク堂大阪本店で行われた米谷さんのトークセッション、事前から「満員御礼」でしたが、当日はほんとうに立ち見で10人くらいはいたかもで、盛況でした。
「年寄りはだまっとれ!?」たくさん売れました。
おいでくださった方、ありがとうございます。

当日もまったく打ち合わせする時間がなくて、いきなり本番。
予定は30分だったようなのに、それすら知らされていなかったので、たのしく1時間もお喋りしてしまいました。
米谷さんはほんとうにきさくな方で、作品では言いたい事をけっこう過激に書いていますが、実際の当人は他人に対する気配りのとてもある素敵な方です。
私はなんだか母親に話すみたいに何でも思ったことを言えるわ、と思って、帰ってから、ふと米谷さんのプロフィールをあらためて見たら、
1930年11月生まれ、あ~~~、私の亡くなった母とまったく同じだ、それでなのかも、と妙に納得しました。

その米谷さんとの話のなかで、世の中が過敏に反応しすぎて、こわい、というようなことが出ました。
「ジェンダー フリー」という言葉がいつのまにか危険な言葉に認識されて、男女同権やジェンダーフリーを使った本が図書館の書棚から見えないところへ動かされたり、貸し出し禁止になったり、そうした発言をする可能性が高い講師の講演会をキャンセルしたり。
本来の言葉に危険なところはありません。それがいつの間にか、妙なことになってしまったのですね。
経過はwikiなどで調べたら判ると思います。
米谷さんはご自分の戦争体験から、
「こうした反応は非常に憂えなければならない。
とくに戦争に向かった時代、真っ先に言われたのが「女は黙っとれ」だった。
色々な意見を、色々言える自由な世の中でなければならない」といっておられました。


ところで、まったく事情は違いますが、過敏な反応で、同じ日の某タレントの出来事も、私にとっては妙なことだと思いました。
通報で駆けつけた警察官に対し、本人がたぶんかなり暴れ、言うことを聞かずに不快な台詞なども発したからか(推測ですが)もしれませんが、泥酔してただけで、誰かに故意に下半身を見せたくってしたわけではないですしね、そこまでしなくともと感じます。
許可なく路上で歌っているようなストリートミュージシャンや芸人なども、禁止されている場所で許可なくしたと逮捕されることも、極論ですがありえる?
逆らわずに従順にしてたら素っ裸でいたとしても逮捕にはならなかった?

酔っ払って素っ裸で奇声をあげて騒ぐのをけっして良しとは思いません。
でもこの場合どんなもんでしょ。
それでその後のマスコミの反応。
右でも左でも、上でも下でも、同じ方向を向いて過敏に過激になることが、私はとても気になります。

あ、最後に。
私個人では、なんども酔っ払ってバカをしました。
二日酔いで、近所の病院へ行ったことも……(一年ほどその病院行く度に「今日も二日酔いか?」と言われました。苦笑)
そのたびに、もう飲まないでおこう、ほどほどにしよう、とは思うのですが、誰か飲んで楽しい相手(夫相手には酔っ払うまで飲みません)がいると調子よく飲んでしまうんですね。
反省がたりません、というか、飲んでしまったら、そんなものは素っ飛んで、楽しく楽しく、なってしまうんですね。結局(居直りか?!)。
この頃とみに酒量は落ちて、翌日が苦しいことが多くなりましたが。


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満員御礼!

ありがたいことに、ジュンク堂の「米谷ふみ子さんトークセッション」は“満員御礼”になったそうです。
あとは立ち見になります(3Fのあたりでそれとなく聞けるとは思います)。
ただし、あまり立ち見はお薦めしません(私が立ち見を煽って混乱したということになってはいけませんので)。
ご了承ください。

さて喋るほうの仕事は今月はあと2回(米谷さんとのは仕事というより、友情出演で、むしろ楽しみ)。
レジュメは三島の分だけ作ればよいので、ちょっと気持ちにゆとりがでました。

喋って喋って喋ってちょっと書く(笑)、私ですが、その「ちょっと書く」仕事のほうも実は今月20日締め切りのものがあったのですが、既に書いて送信してしまいました~。
原稿用紙4枚ほどのコラムで、季刊の「鍼灸OSAKA」という鍼灸の専門雑誌に5年ほど前から連載で書いています。
東洋医学をベースに西洋医学もふまえて、鍼灸でどのくらいのことができるか、医者や鍼灸師がさまざま取り組んでいる面白い研究雑誌です。
臨床例の報告など門外漢の私が読んでも興味深い内容です。
私のコラムは、真面目な話ばかりのところに、ちょっと一服してもらうためのもので、タイトルもずばり「ブレイクタイム」。
そこで毎回、明治から最近までの作家の病気や健康や身体にかかわるこぼれ話を書いています。
今回は雑誌全体のテーマ(これはまだ発表してはいけないかもしれないので書けませんが)に惹かれ、98歳まできれいで若々しく生きた宇野千代の話を書きました。

置いてある書店は少ないと思いますが(ジュンク堂大阪本店にはあるはずです)、今回提出した分は5月末には発行されると思います。
今、書店にある分は2月末に発行された「鍼灸OSAKA92号」で、私は近代の女性作家第1号の田辺花圃(たなべかほ。樋口一葉の先輩です)の作家になるきっかけの話を「風邪が生んだ女性作家」と題して書きました。
どこかで本を見つけたら、読んでください。

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米谷ふみ子さんトークセッション

以前にも書きました芥川賞作家・米谷ふみ子さんとのトークセッションについて詳細を書きます。

場所 ジュンク堂大阪本店 3F喫茶コーナー (大阪市北区堂島1「堂島アバンザ」内)
時間 午後2時から
「年寄りはだまっとれ!?」(岩波書店)出版記念

出演 米谷ふみ子 聞き手、尾川裕子
参加無料 定員45名 電話予約・問い合わせ(06・4799・1090 ジュンク堂大阪本店)

実はこのお話はジュンク堂の文芸担当さんから「今回も(前回も一緒にしたもので)尾川が出るよう」と依頼はあったものの、米谷さんと何を話すか何も相談していないのです(笑)。
2週間ほど前にアメリカの米谷さんと電話でお話したときに「もしかしたらまたジュンク堂さんからお話があるかもしれませんが、そのときはよろしく」と言われておりましたが…。

そうしたら、毎日新聞に米谷さんは「アメリカから発した不況の原因を考えたり、一人でも世の中を変えることができることなど話したい」と語っていたそうで、記事で知りました。
ですから、基本、そういうお話になります(笑)
私は、今回出版された本には幼馴染であった小田実さんとの交流など、米谷さんの原風景というか生まれて育った大阪の桃谷界隈、夕陽丘高校(女優の有馬稲子さんや園佳也子さん、大臣をした赤松良子さんとご一緒だった)などのお話、また「子供はだまっとれ」、「女はだまっとれ」といわれて育ち戦争に巻き込まれたというあたりが書かれていて興味深かったので、そのあたりのお話をも、今回のアメリカの選挙などの国情のほかに訊いてみたいと思っております。

まあ、このようなイベントは事前にあまり綿密に打ち合わせをしてしまうと本番が面白くないので、このほうが臨場感があってよいのは確かです。

よろしければいらしてください。
整理券は電話で受け付けるようですが、当日直接でも立ち見覚悟なら(たぶん大丈夫座れると思いますが)参加できると思います。

で、また考える私。
べ平連の小田実の話をした5日後に三島由紀夫の話をするんだ──、って。
これまた真逆。

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ジャンル : 小説・文学

見つけられない男たち

おかげさまで歯茎の違和感はなくなりました。
ブログは「晴れたらいいね」だけど、腫れたらいやや(お酒飲まれへんもの)、と思っていたのでよかった。
鍼の先生が言うには、左の背中と肩がいつもより凝っていたそうで、それにプラスでやっぱりビタミン不足もあったかもしれません。
ということで、昨夜はクン・ウー・パイクの迫力あるピアノを生で聴いた後(彼のピアノを弾く手もよく見える席で、堪能しました)は、さっそく飲んで帰ってきたのでした。

ところで、今日は、何で男は探しモノを見つけられないのだ、と、ちょっとそのあたりの、男と女の違いを書きたいと思います。
最近までは特に私の夫がひどいのか、と思っていたのだけれど、どうも夫ばかりともいえないようなので。

例えば夫の場合、冷蔵庫を開けて何か探しても、探せないことがよくあります。
ちょっと物をずらして後ろや横を見るとかしないのですね。
いや、それ以前に、目の前にあっても見えていないようなのです。

今日も食卓の冷奴の小鉢のすぐ横に、醤油を置いているのに気づかず、別の醤油をわざわざ出してきて使っていました。
呆れるというより、またか、と思いますが、先日はほんとうに女同士ではたぶんそんなことにはならないだろうなということがあって、なんとも複雑な思いがしました。

ひと月前のことです。ちょうど大阪女性文芸協会の大きなイベントの二日前のことでした。
夫の大学時代の友人が交通事故で亡くなったのです。
私が昼間、喫茶店でたまたま読んだ家では購読していない新聞の記事で知りました。
免許を取ったばかりの10代の人がアクセルとブレーキを間違えて人をはねたという記事でした。
事故現場が私たちが会議で使用する会場の近くだったので、気になってくわしく読んだら、そこに彼の名前があって、震えました。
夫も彼も大阪の人間ですが、大学は北海道でした。
若い時は頻繁に行き来していた仲でしたが、お互いが職業を持つようになって、なかなか会えなくなり、おまけに夫の方は他人との交際をこまめにするような性格ではないので、彼が実家から出て一人暮らしをし住所が変わるうちに、いつしか彼の連絡先もわからないようになっていたのです。
もっとも、夫の電話番号だけはまったく変わっていない(そもそも私たちが住んでいるこの家がもともと夫の実家だった)ので、彼からの電話は稀にですがあったのです。
ですから、亡くなったと知り、呆然とした夫は、お通夜や告別式がどこで行われるか知る手段がすぐに浮かばず、結局、北海道に住む、かろうじて電話番号を知っている別の友人に訃報を知らせ、彼の連絡先を知ろうとしました。
北海道の友人は、すでに、別の大阪にいる友人からFAXで情報を得ていたもので、さっそく飛行機を手配し、夫ともその別の友人とも、お通夜に伺う約束をすることができたのでした。
ここまでは、女でも男でも、そのうちいつか会えると思っているうちに連絡が取れなくなって、そうなってしまったということで、おかしな話でもありません。

ところが、ここからの話が、私にしてみればなんとも不可解な話になるのです。
めいめいが約束の時間通りお通夜には行ったものの会えなかったのです。
葬儀場の入り口で会って、共にご焼香をするはずが、夫は「一時間以上も立って待っていたのにわからなかった。会えなかった」と言うのです。
亡くなった彼も含めて男同士4人で会った最後は7年前でした。
そのときも、若かった昔とはかなり頭髪や体型が変わっていて、なかなかすぐにはわからなかったそうなのですが、ケータイもある現在、どうして上手に会えなかったものか、不思議でなりません。
西宮にある会場の最寄の駅に着いたという連絡までは直前にケータイで北海道の友人からあったと夫は言います。
ところがその後、夫は一時間以上もお通夜にみえた人々を入り口でしっかり一人ずつ見ていたのに判らなかったそうで、ずいぶん遅くなってから焼香し、ご遺族にご挨拶をしてから、葬儀場を出たところでケータイで北海道の友人に電話してみたら、「約束した場所で待ったけれど会えなかったから」と、既に宿泊予約した神戸の三宮のホテルに行ってしまっていたというのです。
夫は翌日の告別式の日には朝から重要な仕事があって、反対方向にある友人のホテルまでそれから行くこともできにくく、加えてお通夜のご遺族の姿や、亡くなった彼との思い出が込み上げてきて、辛くなり、まっすぐ家へ肩を落として帰ってきました。
北海道の友人は、翌日の告別式にも参列したのですが、FAXで葬儀を知らせてくれた別の友人にも結局会えず、北海道へ戻った後で、電話でそのときのお互い状況を長い間話し合っておりました。

私は協会のイベントと重なり、亡くなった彼のお通夜にもお葬式にも行くことが叶わなかったので、彼のご冥福をただただ祈るばかりですが、彼の死に衝撃を受けた上に、せっかく遠くから駆けつけた友人とも会えなかった夫は、自嘲気味に「男って、そんなもの」と言います。
しかし、女同士なら、あまり聞かない話だな、と私は思います。
よほどテンネンの女か、認知症になったか、でないかぎり。
ホテルに引き上げてしまった北海道の友人も諦めるのが早すぎる。
もういいか、と諦めるタイミングとか、物があってもない、つまり物(この場合は者)を見てもちゃんと見ていないとか、そもそもの約束の仕方とか、どうもそのへんが男と女、大きく違うのではないかと思うのです。

今日、テーブルの上に置かれた冷奴の醤油二つ。
冷蔵庫の中のものを見つけられない亭主というのは、聞いてみたらあんがい周囲に多いのです。
醤油から、ひと月前のことを思い出し、ちょっと書きたくなりました。
この部分、この違いが、男性中心で選考を進めていた時代に、女の書く小説は女が読まなければ判らない、と27年前に私たちの先輩が立ち上がって大阪女性文芸賞を作った動機にもどこか重なるところがあるような気がするのです。


テーマ : 日記
ジャンル : 小説・文学

プロフィール

尾川裕子

Author:尾川裕子
大阪女性文芸協会代表
日本文藝家協会会員

「晴れたらいいね」というタイトルは、「毎日が明るい日であればいいね」と思う気持ちと主催している文学賞の応募者に「あなたの作品が受賞できたらいいね」という思いを重ねたものです。

応募希望者は「応募希望者へ」と「大阪女性文芸賞」のカテゴリをごらんください。

おしゃべりと食べることお酒を飲むことが大好きです。
文学だけでなく歴史オタクでもあります。
どうぞよろしく。

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